漫画や小説たれながし。

枕の裏



「それで、今回はどんなご用件で?」
 眼鏡の奥をキラリと光らせ、指先をもてあそびながら、男は尋ねる。
 今回は、と言うが、こうして面と向かい合うのは初めてである。直接話したこともないと思う。何度か、いつだったか、どこかで会ったことがある気はするが――はて、どこだったか。
 それはそうと、本題に入ろう。私には、とかく重要な問題なのだ、これは。
「ほう、ほう、朝が来るのが怖い、と。」
 さして表情も変えず、耳に触れた一文を、ただ無感情らしくぽそりと復唱する。
「それはいつ頃からですか?どのくらいの頻度で?」
 淡々と、必要な事実を探り出す。そのほうが、今の私にはちょうどいい。――はて、以前もこんな感覚があったような、それとも夢の中だったか。応えはぼんやりと靄がかかって、思考の手をすり抜ける。わからないものは仕方がない。なにも急ぐことはないのだろう。
 男がほんのり、笑った気がした。
「ずぅっと、もう長いこと?」
 そうだ。いつからだったか思い出せないが、もうずぅと長いこと、こうしていたと思う。
「はっきりしないね。もう思い出せない?」
そうだ。思い出すのは億劫なので、お好きなように。
「思い出せないんだね。気にすることはない。思い出せないくらい、ずぅっと前ね。」
 目を伏せたまま、うんうん頷く。
「でも、そうこうしている内に、ほら。」
 時間が経つのは早いかい?早いでしょうねぇ、と男は呑気にこうべをもたげる。
 全く、世はせっかちなこと。もっとのんびりしてりゃあ良いのに、とは誰が言ったか。どちらにしても、あぁ、答えがないまま朝は来る。
 夜が名残惜しいねと、寂しそうに身をよじる。
「また来ればいいのさ。自分が忘れなければいつでも、どこにいても。入って来れるのなら、また会える。」
 好きなときに来られるのならね、と付け足す男。やはり表情はずっと変わらなかったと思う。これも、いつもと何ら変わらない。
「今日はここまで?」
 もう少し。
「少しと言わず。」
 そう言うならば、満足するまで甘えてみせようか。
 朝の帳を裏返して、今度はすぅっと、夜明けみたいな顔をした。